福岡簡易裁判所 昭和56年(ハ)828号 判決
原告
甲野太郎
右訴訟代理人
小泉幸雄
林田賢一
被告
西日本鉄道株式会社
右代表者
吉本弘次
右訴訟代理人
和智龍一
徳永弘志
松崎隆
松尾紀男
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、別紙目録一記載の株式につき、原告名義への名義書換手続をせよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 本案前の答弁
(一) 本件訴を却下する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
2 本案の答弁
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和五六年二月一〇日、別紙目録二記載の訴外人との間で、同訴外人等からその保有の別紙目録一記載の株式(以下「本件株式」という。)を譲り受ける旨合意して、同目録一記載の株券(以下「本件株券」という。)の交付を受けた。
2 よつて、原告は被告会社(以下単に被告という)に対し、本件株式について、原告名義書換手続を求める。
二 被告の本案前の主張
原告は、昭和五〇年七月二九日、被告に対し、今後株式の名義書換を請求しない旨の誓約書を差入れ、被告はこれを了承して、原・被告間で不起訴の合意が成立し、更に、昭和五二年六月一三日の即決和解(福岡簡易裁判所昭和五二年(イ)第八五号事件)において、原・被告は、右誓約書の内容を確認して、再度、不起訴の合意をなしているので、本件訴は権利保護の利益を欠く不適法な訴である。
三 被告の本案前の主張に対する原告の答弁
不起訴の合意は存在しない。被告主張の「誓約書」記載の誓約内容は、原告が当時所有していた株式について名義書換手続を請求しない旨を合意したものである。また「即決和解」の内容も、同和解の当時原告が持つていた株式に関しては名義書換を請求しない趣旨であり、将来取得する株式に関しては全く関知しないところである。
四 請求原因に対する認容
知らない。
五 抗弁
1 原告は昭和五〇年七月二九日と同五二年六月一三日の二回に亘り、被告に対し、今後、被告の株式を所有しないことと、株式名義書換請求しないことを確約した。
2 原告が本件株式につき、被告に対し、昭和五六年二月二〇日訴外野村証券株式会社を介して名義書換請求した際、被告が前記「誓約書」および「即決和解」の内容について説明し、原告名義への書換請求はしない旨の合意が成立している旨を告げたところ、原告は前記合意を追認したうえ、その請求を撤回した。
六 抗弁に対する認否
1 抗弁1は否認する。
2 抗弁2のうち、原告が昭和五六年二月二〇日、訴外野村証券株式会社を介して、名義書換請求をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。
理由
一被告の本案前の抗弁について
特定の当事者間において、不起訴契約があつた事件については、それが当事者の任意の解決に委ねられる事件であれば、これに違反して起訴がなされたときは、裁判所としてはこれを権利保護の利益を欠く訴として排斥するのが相当である。
そこで、本件につき当事者間で不起訴契約が成立しているか否かについて検討する。
〈証拠〉を総合すれば次の事実を認めることができる。
1(一) 誓約書(乙第一号証三枚目)成立に至るまでの経緯。
原告は昭和三四年に被告会社に就職して運転手として稼働し、同四一年から飯倉営業所の助役(助役七名・運転手二〇〇名位)として勤務表、点呼、運行管理、事故処理の任に衝つていた。
昭和四四年九月から高血圧症で自宅療養をしていたことと、甘木営業所の転勤に応じなかつたことから、当時、同営業所の運行管理係長から退職願を提出するようすゝめられて、それを提出し、退職金三八万円を受領して、同年一〇月三〇日、被告会社を退職するに至つた。
ところが原告としては、自己に何ら落度がないのに辞職を強要されたものと信じ、昭和四六年三月以降、正式に復職を要求するようになつた。
しかし、その要求が被告から容易に認められないので、復職要求を貫徹するには、株主の地位を取得して要求するほかにその実現の道はないと考え、昭和四六年三月三一日に一〇株、同年七月三〇日に五〇株の被告会社の株式を取得(同四八年一〇月と同四九年四月の増資により八五株となる。)した。そして、その頃から同五〇年七月までの間に総務の中島次長に一〇株券八枚に分割するよう要求したり、同次長や廣松庶務課長に対し、被告会社に関係のある会社に再就職の斡旋や賛助金の増額を要求したりしていた。
また、同人らに対し、売り上げ金を横領した運転手の件についても、自分の気に入る運転手のときは被告会社の方で善後策をたてろと主張し、自分の気に入らない運転手のときは会社を辞めさせろと、本社や営業所で怒号するほか、運転事故発生の件についても、それが未検挙のときは会社側が警察の係官に饗応をして事件を隠蔽していると邪推し、陸運事務所や県警本部に報告すると脅したりすることもあつた。
そのほか、中傷のビラを夜間役員の家に貼付したり、同一記載内容の手紙を社長宅に郵送したり、同人や廣松課長宅に右内容の電話を掛けることもあつた。
また右期間中に、原告は中島次長から二万円を受取り、復職要求はしない旨を了承した事実も認められる。
以上のような原告の一連の行動に辟易した被告は、以上のような原告の行動を抑止するため、昭和五〇年七月二九日に金五〇〇万円を原告に提供することとし、原告は後記内容の誓約をして、その書類(乙第一号証三枚目)を作成した。
したがつて、その誓約の履行として、原告は八五株を他へ譲渡するに至つた。
(二) 誓約書の内容
被告が原告に対し、前記のとおり金一封(五〇〇万円)を提供し、その代りに原告は現在所有している被告の株式については被告の指定する者に譲渡すること、若し将来原告が被告の株式を取得することがあつたとしてもその株式の分割請求や名義書換請求はしないこと、を被告に対し約定したものである。
原告は、右誓約は、現在保有する株式を他に譲渡する旨を約束したにとどまり、以後、自己の取得する被告の株式につき名義書換を請求しないことまでも約したものではない、と主張するが、誓約書によれば「現在原告の所有する被告の株式を被告の指定する者に時価で譲渡する。」ことを約しているので、原告が右約定を誠実に履行した場合には、当該保有株式についての名義書換請求や株券の分割請求は事実上あり得ないのに、次の項で「株券の分割請求、株式の名義書換請求に関して被告に迷惑をかけない。」旨を約しているのは、以後原告が取得することのあるべき株式についても名義書換などを請求しないことを約したものと解するのが相当であり、したがつて、前記認定に反する原告本人の供述は前示証拠に照らして採用できない。
2(一) 即決和解(乙第一号証)成立に至るまでの経緯
原告は、右誓約後も被告会社に対し、復職を要求し続けるので、被告会社は、松本組、九州ビルサービス、西鉄久留米タクシーの就職の斡旋をしたものゝ、何れも原告の好む就職先とはならず、しかもさきの誓約事項は破棄する、と一方的に被告に通告したうえ、昭和五〇年九月に再び被告の株式一、〇〇〇株を取得し、同月一六日に名義書換を請求してきた。
被告会社としては、当時、決算期をひかえていたことと、再度、原告が前記のような嫌がらせをしないことを期待して、その名義書換に応じることになつた。
ところが、原告はその後も依然として嫌がらせ電話やビラ貼り行為など一連の行動を続けるので、被告会社はこれを抑止するために昭和五二年六月福岡簡易裁判所に即決和解の申立をなし、同年六月一三日、左記内容の即決和解が成立した。
(二) 即決和解の内容
現在、原告の所有する一、〇〇〇株を被告の指定する者に時価で譲渡することと、原告の所有する被告に関する記録を被告に引渡すこととの引換えに被告は原告が立直るための資金としての見舞金として六五〇万円を支払うこととし、更に原告は、前示誓約事項を確認する旨の和解が成立したものであり、こゝで原告が約した誓約事項の内容は前示1(二)と同一である。
右認定に反する原告本人の供述は前記説示のとおり、前示証拠に照らして採用できない。
以上の事実によると、原告は昭和五〇年七月二九日の誓約および同五二年六月一三日の即決和解を以つて、現在および今後、自己の取得した被告の株式につき名義書換手続の請求をしない旨を約した事実は認められるが、いまだ、被告主張のような不起訴の合意が成立したものと認定することはできない。
二請求原因について
〈証拠〉により、これを認めることができる。
三抗弁1について
株主は、株式を取得しても株主名薄の名義書換がなされるまでは、原則として会社に対し株主であることを主張できないから、商法は株主の自益権の一つとして名義書換請求権(商法二〇六条)を認め、株式の自由譲渡を保障している。
しかし、株式譲渡の自由も絶対的に制限できない権利ではなく、同族会社その他、株主の個性が問題になる会社もあるし、また会社の業務に理解のない株主によつて会社経営がゆがめられることをおそれる会社もあり、そのような好ましくない者が株式を譲り受けて株主になつては困る会社もあるから、現に、商法もこのような会社では、定款をもつて株式の譲渡につき取締役会の承認を要する旨を規定することができる(同法二〇四条一項但書)旨を定めているところである。
ところで、会社と現在の株主または将来株主になることが予測される者との間で、個別に、名義書換をしない契約をなし得るかについて考えると、なるほど株式の名義書換を認めないときは、右の約定をした特定の譲受人との関係では、譲渡人に対し譲渡の自由を制限したことに帰着する。
しかし、それは「譲渡人による制限」を付したものではなく、しかも、特定の譲受人以外については譲渡が開放されており、株主の投下資本の回収も十分保障されているので、いまだ商法の理念とする株式自由譲渡の原則を侵害するものと解することはできない。
そうすると、会社と特定の株主(将来その会社の株式を取得すると予測される者を含む)との間の自由意思による名義書換をしない旨の個別的契約も有効に成立し得ると解するのが相当である。
そこで本件について原・被告間で被告株式の名義書換をしない旨の契約が成立しているかを検討するに、理由一において説示したとおり、昭和五〇年七月二九日および同五二年六月一三日の二回に亘り、将来、原告の取得する被告株式につき名義書換をしない旨の契約が成立したことを認めることができる。
以上によると抗弁1は理由がある。
四抗弁2について
原告が昭和五六年二月二〇日、野村証券株式会社を介して本件株式の名義書換請求をしたことは、当事者間に争いがない。
右事実および〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができる。
原告は、本件株式一、〇〇〇株をそれぞれ別紙記載の前所有者から譲渡を受け、昭和五六年二月二〇日、被告の名義書換代理人である野村証券、大阪証券を通じ名義書換の請求をなした。
そこで、山下庶務課長は昭和五六年三月中旬ころ、同年三月二〇日ころ、同年三月二六日ころ、および同年三月三一日の四回に亘り、誓約書(乙第一号証三枚目)三項の趣旨を説明し、原・被告の間には名義書換をしない合意が成立しているので妻名義に書換えるか他の者に譲渡してくれ、と申入れたところ、原告はそれを納得し、最終回の三月三一日には原告の妻名義に書換えることを承諾し、その手続をとるために株券と妻の印鑑を持参すると言つて山下課長と別れたまゝ、現在に至るも、その約定を履行していないことを認めることができ、右認定に反する原告本人の供述は、前示証拠および一の認定事実に照らして、これを採用することはできない。
以上によれば抗弁2も理由がある。
五(結論)
以上の事実によれば、本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(橋口秀行)
目録一、二〈省略〉